武内貴子は主に布を使用し、サイトスペシフィックな作品を制作している。古い日本建築や教会、銀行の跡地、能の舞台など、様々な場所において繊細でありながらも場を支配するような、力強いインスタレーションを展開させる。
武内の作品には、着物の帯を結ぶという身体的な行為が内包されている。作品に使用される布はあらかじめ蝋に浸すことで、布を結ぶときに帯を締めるのと同じ音を響かせるという。作品をつくるために何度も結び目をつくり、その度に作家は帯を締める感覚に包み込まれる。帯を結ぶことは一種の拘束状態であるが、これにより身体は凛とした態度や雅な立ち居振る舞いを獲得することができる。作家は帯がもたらす身体感覚を保持しつつ、作品を制作する場と向き合っているのだ。
また「結び」が集積した結果として、しばしば格子状の面の構造が生まれる。格子状の布は空間いっぱいに広がり、ある時は均質で禁欲的な様相を帯び、またある時にはマジカルな空間へと変容し、鑑賞者を平静とは異なる次元へと誘う。この面は空間を完全に断絶するものではなく、日本家屋の障子に類似した独特の距離感をもっている。このことが場のもつ固有性をゆるやかに保障しつつ、そこに生み出された余白が作品を嗜む対象として成立させている。作家はしばしば鑑賞者に対し、作品の中に入り込んだり、くぐり抜けたりという行為を求めるが、これは作品のもつ余白と出会うプロセスといえるだろう。
きわめて内的な身体感覚と、その集積として生まれる空間的な広がり。異なる2つのスケール感覚の飛躍は、ゆるやかな余白の中でこそそのダイナミズムを解き放ち、鑑賞者に新たな律動を与えている。
武内の作品には、着物の帯を結ぶという身体的な行為が内包されている。作品に使用される布はあらかじめ蝋に浸すことで、布を結ぶときに帯を締めるのと同じ音を響かせるという。作品をつくるために何度も結び目をつくり、その度に作家は帯を締める感覚に包み込まれる。帯を結ぶことは一種の拘束状態であるが、これにより身体は凛とした態度や雅な立ち居振る舞いを獲得することができる。作家は帯がもたらす身体感覚を保持しつつ、作品を制作する場と向き合っているのだ。
また「結び」が集積した結果として、しばしば格子状の面の構造が生まれる。格子状の布は空間いっぱいに広がり、ある時は均質で禁欲的な様相を帯び、またある時にはマジカルな空間へと変容し、鑑賞者を平静とは異なる次元へと誘う。この面は空間を完全に断絶するものではなく、日本家屋の障子に類似した独特の距離感をもっている。このことが場のもつ固有性をゆるやかに保障しつつ、そこに生み出された余白が作品を嗜む対象として成立させている。作家はしばしば鑑賞者に対し、作品の中に入り込んだり、くぐり抜けたりという行為を求めるが、これは作品のもつ余白と出会うプロセスといえるだろう。
きわめて内的な身体感覚と、その集積として生まれる空間的な広がり。異なる2つのスケール感覚の飛躍は、ゆるやかな余白の中でこそそのダイナミズムを解き放ち、鑑賞者に新たな律動を与えている。
池澤廣和(元:三菱地所アルティアム・ディレクター)2007年